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福島地方裁判所 平成4年(行ウ)13号 判決

甲事件原告

原澤光男(X1)

右訴訟代理人弁護士

佐々木廣光

乙事件原告

佐藤一雄(X2)

甲事件原告訴訟復代理人兼乙事件原告訴訟代理人弁護士

岩渕敬

甲・乙事件被告(喜多方市長)

飯野陽一郎(Y)

右訴訟代理人弁護士

今井吉之

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は甲事件原告及び乙事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は福島県喜多方市に対し、金三九五万七九八六円及びこれに対する平成四年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件甲事件は、甲・乙事件被告(以下「被告」という。)が福島県喜多方市(以下「喜多方市」という。)の市長として、喜多方都市計画事業西部土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)の遂行のため、堺幸子(以下「堺」という。)との間において、昭和六一年一〇月六日、後記の喜多方市有地について売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、平成元年三月一八日、本件売買契約の弁済期に関する約定を変更する旨の契約(以下「本件変更契約」という。)を締結したところ、本件変更契約は、売買代金債務の延納を認める場合、代金債務の担保を徴求し、併せて延納期間の利息の支払を求めるよう規定した地方自治法施行令(以下「施行令」という。)一六九条の四等に違反しており、本件変更契約の締結により喜多方市には、本件変更契約締結時から本件変更契約により定められた弁済期までの間の利息相当の損害が生じたとして、甲事件原告(以下「原告」という。)が、被告に対し、喜多方市に代位して、同市に対する右損害の賠償を請求している事案であり、本件乙事件は、乙事件原告(以下「参加人」という。)が被告に対し、甲事件請求と同一内容の損害賠償を請求して、甲事件に民事訴訟法七五条の共同訴訟参加を申し出ている事案である。

〔中略〕

第三  当裁判所の判断

一  争点一の(一)について

1  法二四二条の二第四項は、住民が普通地方公共団体の特定の財務会計行為について住民訴訟を提起し、これが係属している場合には、他の住民に別個に同一請求にかかる住民訴訟を提起することを禁止している。したがって、参加人の乙事件提起は右別訴禁止の規定に抵触しそれ自体としては不適法といわざるを得ない。

2  しかし、右規定は、住民訴訟が係属している場合に、当該住民訴訟の対象と同一の財務会計上の行為を対象とする適法な住民監査請求手続を経た他の住民が、同条二項所定の出訴期間内に民事訴訟法七五条の規定に基づく共同訴訟人として、右住民訴訟の原告側に参加することを禁ずるものではなく、右出訴期間は監査請求をした住民ごとに個別に定められているものと解するのが相当であるから、共同訴訟参加申出についての期間は、参加の申出をした住民がした住民監査請求及びこれに対する監査結果の通知があった日等を基準として計算すべきである。そして、このように適法に共同訴訟参加の申出をなしうる住民が、既に係属している住民訴訟と同一の請求内容の住民訴訟を別訴として提起した場合であっても、その住民が共同訴訟参加の申出としての取扱を求める申出を行ったときには、その別訴の提起をもって共同訴訟参加の申出として取り扱うことができると解するのが相当である。なぜなら、共同訴訟参加は参加の対象となる訴訟について当事者適格を有する者しか申し出ることが認められておらず、性質上別訴の提起と類似した性格を有する上、既に住民訴訟が係属していることについて公告がなされないことから、他の住民が共同訴訟参加の申出ではなく別訴を提起したことについて責むべき事情はなく、しかも、住民訴訟の出訴期間は三〇日間であり、非常に制限されていることから、別訴の提起を不適法として却下してしまうと再度共同訴訟参加の申出をなすときには既に出訴期間を経過することとなり、住民にとり酷な結果を招来することになるからである。したがって、別訴として住民訴訟を提起した者が後に共同訴訟参加の申出としての取扱を求めた場合には、別訴の提起のときに共同訴訟参加の申出をしたものとして取り扱うのが相当であり、別訴の提起のときを基準として、出訴期間の遵守等について判断するのが相当であると解される。

3  以上の法理に照らせば、参加人は乙事件提起後、甲事件に対する共同訴訟参加として取り扱うことを申し出たのであるから、参加人がなした乙事件提起をもって甲事件に対する共同訴訟参加の申出として取り扱うことが相当である。

そして、参加人がなした共同訴訟参加の申出の適法性は、参加人がなした本件第二住民監査請求の適法性及び出訴期間の遵守がなされているかにかかっているところ、この点は、原告のなした本件第一住民監査請求の適法性とその基礎を共通にするので、共に判断することとする。

二  争点1の(二)について

1  法二四二条及び二四二条の二は、住民が納税者として、地方公共団体がその執行機関等の違法な財務会計行為によって損害を被ることを防止し、地方公共団体がその執行機関等の違法な右行為により被った損害を回復する手段を設け、これによって地方公共団体の財務会計の適正を確保することを目的として、住民監査請求及び住民訴訟の制度を定めていると解される。しかしながら、地方公共団体の執行機関、職員が行った財務会計行為をいつまでも争うことができるようにしておくことは、地方公共団体の関与する法的関係の安定性を損なうことになって好ましくないことから、法二四二条二項本文は、住民監査請求または住民訴訟の対象となる財務会計行為のあった日又は終わった日から一年間の監査請求期間を定め、この期間を経過したときは、当該財務会計行為について住民監査請求をなしえないものとした上、法二四二条の二第一項により、住民訴訟の提起には住民監査請求を経ることが必要であると定めて、住民訴訟も提起し得ないものとした。しかし、当該財務会計行為が地方公共団体の一般住民に隠れてきわめて秘密裡になされ、右財務会計行為から一年間を経過してはじめて明らかになったような場合にまで、右の監査請求期間を徒過したとして、右財務会計行為に対する住民監査請求ひいては住民訴訟の提起を不適法とすることは、地方公共団体の財務会計の適正の確保を目的とする住民監査制度及び住民訴訟制度の機能を著しく限定するもので相当でない。そこで、法二四二条二項ただし書は、当該財務会計行為のあった日または終わった日から一年間を経過した後になされた住民監査請求であっても、一年間を経過したことに「正当な理由」がある場合には、例外的に適法なものと定めた。したがって、右のように、当該財務会計行為が秘密裡になされた場合に、住民監査請求が監査請求期間を徒過してなされたことに「正当な理由」があるか否かは、特段の事情のない限り、地方公共団体の住民が相当な注意力をもって調査したときに客観的にみて当該財務会計行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解される。

2(一)  前記前提となる事実によれば、被告は平成元年三月一八日、喜多方市長として堺との間に本件変更契約を締結したところ、原告は平成四年八月一〇日、喜多方市監査委員に対し、本件変更契約の違法又は不当について、本件第一住民監査請求を申し立て、参加人は同年九月二一日、喜多方市監査委員に対し、本件第二住民監査請求を申し立てたこと、監査委員は同月二九日、原告及び参加人に対し、本件各住民監査請求を却下する旨の監査結果を通知したこと、原告は同年一〇月二四日、甲事件を提起し、参加人は同月二八日乙事件を提起したものである。

(二)  右の事実によれば、原告らの本件各住民監査請求は、いずれも本件変更契約が締結された日から一年間を経過して申し立てられていることから、本件各住民監査請求は、本件変更契約締結の日から一年間を経過して申し立てられたことについて法二四二条二項ただし書の「正当な理由」があるときに限って適法と認められ、その場合にのみ、本件各住民監査請求を前提とする甲事件の提起及び同事件に対する共同訴訟参加の申出も適法となる。

(三)  そこで、本件各住民監査請求が本件変更契約締結後一年間を経過してなされたことについて、法二四二条第二項ただし書の「正当な理由」があるか否か判断する。

3  本件売買契約締結から本件変更契約締結を経て本件各住民監査請求に至る経緯についてみるに、〔証拠略〕によれば、次のとおりの事実が認められる。

(一) 喜多方市は本件土地区画整理事業の施行者として、昭和五七年ころ、事業計画を決定し、事業計画の認可を受けたこと、

昭和五八年ころ、本件土地区画整理事業の一環としての押切川工業団地内の工業用地の売却について売却価格を一平方メートル当たり金一万二〇〇〇円とする内容のパンフレットが全国立地センター等に対して頒布されたこと、

堺は昭和六一年六月二八日付けで、喜多方市長に対し、本件土地区画整理事業により家屋、工場、アパートを移転すること、うち工場は工業地域に移転することにそれぞれ同意し、工場敷地として九〇〇坪を購入すること、その前提条件として、家屋及びアパートを用途の関係から八〇街区五号に移転することとし、そのため八〇街区に四〇〇坪の換地指定を受けて、家屋、アパートを建て、残地につき一〇七街区に換地指定を受け、これを隣地所有者に譲渡して、その譲渡代金をもって前記工場敷地の購入費の一部に充てる予定であること、そして昭和六三年度には譲渡可能と思われるので、工場用地についての代金支払日を平成元年三月としたい旨の記載のある念書を差し入れたこと、これを受けて、昭和六一年八月二一日、本件売買契約締結についての発議が行われ、同月二五日、本件売買契約の締結の決裁が下りたこと、決裁に際して、右前提条件を考慮して、本件売買契約の締結及び本件売買代金の分割支払が決定されたこと、

堺は平成元年三月九日付けで、喜多方市長に対し、本件売買代金の支払期日を平成三年三月二〇日に延長変更すること、その間でも前記譲渡代金を受領したときは速やかに本件売買代金の支払としてこれを納付することを確約する旨の書面を提出したこと、これを受けて、平成元年三月一〇日、本件変更契約の締結が発議され、同月一七日、本件変更契約締結の決裁が下りたこと、決裁に際して、右書面記載の内容を考慮して、本件変更契約の締結が決定されたこと、堺の従前所有していた土地には抵当権が設定されていたこと、堺が代表者であった大栄林産は非常に経営状態が悪かったこと、

本件売買契約及び本件変更契約を締結したことは土地区画整理審議会に対して報告されていたこと(以上、〔証拠略〕)、

(二) 原告が昭和六二年ころ、工業団地を糾明する会を結成し、代表に就任したこと、同会は押切川工業団地内の工業用地の売却を公正なものにする目的のために結成されたこと、会員が約二〇〇名いること、会の活動としては、会員間で協議を行ったり、チラシを作成配布することで喜多方市民の間に注意喚起を図ったり、会として推している喜多方市議会議員を通じて、同市議会の中で会の意見を反映してもらう活動を行っていること、同市議会の社会党所属議員は全員右の会に参加していたこと、参加人は会の設立以来の会員であり、会発行のチラシ等で工業団地の工場用地売却処分の問題点及びこれをめぐる別件等について知識、関心を有していたこと(〔証拠略〕)、

(三) 昭和六三年ころ、押切川工業団地内の工業用地の売却処分について問題がある等の噂が喜多方市民の間に流れていたこと、そこで、原告は、同年三月ころ、喜多方市議会に対し、押切川工業団地内の工業用地の売却処分について調査是正を行うことを陳情したこと、喜多方市議会において右陳情の取扱が協議され、建設委員会において継続審議を行い、調査を行うことに決定したこと、

建設委員会は、右工業用地の売却処分について調査を行い、同年一二月一五日、建設委員会審査報告書をまとめ、原告の右陳情を採択することを決定したこと(以上、〔証拠略〕)、

(四) 喜多方市議会は平成元年三月二二日、建設委員会が押切川工業団地内の工業用地売却処分の問題点として指摘した点について是正策を討議するなどの目的から、特別委員会を設置したこと、同委員会における審議の模様は公開されており報道関係者の外一般市民も傍聴できたこと、特別委員会において、喜多方市当局は、堺の本件売買代金の分割支払、有限会社高山建設に対する売却処分に関する書面、本件土地区画整理事業施行区域内の市有地、保留地及び公社有地の図面、押切川工業団地内の工業用地の売却処分の一覧表を配布したこと、ただ、同委員会において委員に配布された審議資料は傍聴人に対しては配布されなかったこと(〔証拠略〕)、

原告は同年四月六日、喜多方市監査委員に対し、押切川工業団地内の工業用地売却の問題点についての事務監査請求を行ったこと、参加人は同請求の際、同請求に必要な署名を集める作業に当たったこと(〔証拠略〕)、

右同日開催の特別委員会において、本件売買契約書が委員に閲覧されており、同契約書には本件売買代金の弁済期が同年三月二〇日である旨の記載があること、そして、堺に対する本件土地の売却処分について討論が交わされ、遠藤委員が堺に対する本件土地売却処分が何年間にわたっての売却であるのかについて質問し、大竹委員が堺に対する昭和六一年一〇月六日付けの本件売買契約についての決裁書の写しの配付を要請したこと(〔証拠略〕)、

武藤は、平成元年四月一四日開催の特別委員会において、本件売買契約書及び本件変更契約についての発議書を委員に対し閲覧させたこと、また、武藤は委員に対して乙第三号証を配布したこと、同号証には、堺が本件売買代金を昭和六一年から平成三年にかけて分割支払すること、堺に対して本件売買代金の分割支払を許したのは、円高不況の中での工場移転のため、堺が従前所有していた土地を処分して取得する金員を本件売買代金の支払に充てるため等の理由によることが記載されていること、武藤は右乙第三号証の記載内容について説明したこと、平成元年四月一四日の右委員会の審議の中で押切川工業団地内の工業用地の売却処分について、処分先の名を明らかにすることから、審議の傍聴を制限するかどうかが議論され、その際、大竹委員が、議員に対して資料を配付しているので全市民に対して資料を配付しているのと同じである旨の意見を述べ、富山が一般市民の傍聴について物理的制約のない限り認めるべきである旨の意見を述べたこと(〔証拠略〕)、

富山は、平成元年四月二一日開催の特別委員会において、大栄林産に対して分割支払を認めた点につき質問したこと、原告は右特別委員会を傍聴していたこと(以上、〔証拠略〕)、

(五) 喜多方市長は、当庁が別件において平成四年三月三日付けで採用した文書送付嘱託にかかる文書を、同年四月二二日、当庁に対し送付したこと、原告代理人は同月二四日右嘱託にかかる文書を謄写したこと、原告代理人は原告に対し、同年五月二日、右文書を送付したこと、原告代理人と原告とは、同月二〇日、別件において提出する準備書面について打ち合わせを行ったこと、原告代理人と原告とは、同年六月二日、本件売買契約等について利息の定めがなされていないことが問題であるかどうか協議したこと、原告は右問題について前記の工業団地を糾明する会の実行委員会及び役員会において協議し、本件変更契約等についても住民訴訟を提起すべきものとの合意に至ったこと、原告は同年八月一〇日、本件第一住民監査請求を行ったこと、原告は右監査請求後、会員に対して、同監査請求を行ったことを報告し、協力要請を行ったこと、参加人は加藤美一喜多方市議会議員(以下「加藤」という。)から資料の提供を受け、加藤から受領した原告作成の本件第一住民監査請求にかかる措置請求書を参考にして本件第二住民監査請求にかかる措置請求書を作成して、同年九月二一日喜多方市監査委員に対して提出したこと(以上、〔証拠略〕)、

右認定に反する証拠は容易く措信できない。

4  以上認定の事情によれば、本件変更契約が秘密裡に行われたと認むべき情況は何ら存在しない上、平成元年四月一四日開催の特別委員会における審議によって、委員は本件売買契約の定める代金の弁済期日が平成元年三月二〇日であるのに、本件土地の売買代金の分割弁済が平成三年にまでわたっていることを知り得るとともに、本件変更契約が締結されていたことを知っていたこと、同委員会においては、一般の傍聴人も本件土地の売買代金の分割支払が平成三年にまでわたっていることを知り得たこと、原告自身も平成元年四月二一日開催の特別委員会において本件売買契約の売買代金が分割支払とされていることを知り得たこと、委員の中に社会党所属の者がおり、同委員は工業団地を糾明する会の会員でもあったこと、同会においては、社会党所属の議員を通じて市議会において意見を表明したり、議員らとともに工業団地内の工業用地の売却の問題について協議したりしていたこと、原告は右会の代表であり、参加人は右会の設立時からの会員であって、押切川工業団地内の工業用地の売却処分に関する問題について原告が事務監査請求を行う際に、署名を集める作業に従事する等押切川工業用地売却問題について関心を有していたこと、そして、以上の事情から、原告らが右会所属で社会党所属の議員から本件変更契約に関する事情を入手し得たと認められること等の事情を総合すれば、原告らは平成元年四月末ころには、相当の注意力をもって調査すれば、本件変更契約の締結及び内容について知ることができたと認められるし、原告らは別件において、平成四年四月二二日には本件変更契約に関する資料を入手しうる状態となり、原告らが押切川工業団地内の工業用地の売却処分問題や本件売買契約について従前から興味、関心を有していたこと、別件訴訟記録は公開されていること等の事情に照らせば、右時点から相当な期間内に、本件各住民監査請求を申し立てることができたと認められる。

そうだとすれば、原告らは、遅くとも同年五月中には、本件各住民監査請求をなしえたと認められるのに、実際には同年八月一〇日または同年九月二一日まで住民監査請求を申し立てていないことから、本件各住民監査請求には、本件変更契約締結の日から一年間以上を経過してなされたことについて、法二四二条二項ただし書の正当な理由があるとは認められない。

5  したがって、本件甲事件の提起及びこれに対する共同訴訟参加の申出は、いずれも適法な住民監査請求手続を経たものとは認められないのでいずれも不適法であり、参加人の乙事件の提起は甲事件に対する共同訴訟参加の申出として救済することができないので不適法と認められる。

第四  結論

以上の次第で、甲事件及び乙事件の訴えはいずれも不適法であるのでこれらをいずれも却下することとし、訴訟費用については、地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条、二条、七条、民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木原幹郎 裁判官 林美穂 吉井隆平)

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